「LLOYD’S再保険(損害保険よもやま話)」
6月9日卓話要旨
「LLOYD’S再保険(損害保険よもやま話)」
元 東京海上日動火災保険(株)副社長 深尾 邦彦 氏
(井上 貴夫会員紹介)
今日は損害保険の仕組みに必要不可欠なイギリスのロイズという再保険マーケットについてお話します。昨年の暮れ、ウクライナの戦争の影響で海外の再保険会社が再保険の引受けを拒否した結果、日本の損害保険会社もロシアやウクライナの全海域で、戦争による沈没などの被害を補償する「船舶戦争保険」の引受けを2023年1月1日から停止するという記事が載りました。これを受けた資源エネルギー庁と金融庁は、保険業界に対して保険提供を継続するように要請し、各保険会社はイギリスを中心とした再保険会社と再交渉の末、厳しい条件付きで何とか継続が可能になったということがありました。
これを聞くと日本の損害保険会社は頼りないと思われるかもしれませんが、実は再保険の仕組みは世界中の保険会社にとって必要不可欠なものです。一般的に保険会社は、契約者から保険を引き受けると、責任準備金といって保険金の支払いに備えて一定の資金を積み立てています。その額は各契約のリスク量を推定した上で、各社の財務状況によって算定されます。この責任準備金を超える金額については自前でリスクを取ることが出来ないので再保険に出しています。再保険は保険会社が健全な経営のためにリスクヘッジをする保険と言えます。
再保険が必要になるのは、石油コンビナートや大型プラント、高層ビル等の大規模施設、旅客機等、一つの事故でも支払いが高額になる保険金額の契約で、次に、地震や風水害、戦争やテロ、コロナのようなパンデミック等、一回の事故で多くの契約の支払いが重なる場合。もう一つが、責任準備金の算出が難しく、リスク量の測定が困難な契約です。
世界の再保険会社は、1位がドイツのミューニックリー、2位はスイス・リー。イギリスのロイズは6位でシェアは5%ですが、創業1688年と圧倒的に歴史のある会社で「世界最古の歴史を有して、多様な専門性と引受分野で再保険分野をリードする、世界最大の保険市場」と言われています。正式名称はSociety of Lloyd’sと言います。保険契約を引き受けるシンジケートという組織が100程集まる集団なのでSocietyという名称で、ロイズ保険組合と訳されます。
ロイズのビルは歴史的建造物にも指定されている珍しい構造ですが、一階ホールには「ルーティンベル」と呼ばれる鐘があって19世紀頃には大きな海難事故や保険金支払いが発生すると鳴らされていたそうです。ロイズには世界各国から再保険の引き合いが持ち込まれます。取引には特定のプレイヤーだけが携わり、厳しい審査を受け認可されたものしか市場(ロイズビル)に中に入ることが出来ません。一つのシンジケートは保険の引受け条件を決める「アンダーライター」と資金を出している「メンバー」(個人や法人)で構成されています。契約者は必ずブローカーという代理人を経由して交渉します。
ロイズの起源は、17世紀後半のコーヒーハウス。そこに海運業者、貿易商、船主、海上保険引受人が集まり、海事情報の交換や海上保険の取引が行われ、やがてロンドンでも有数な海上保険取引所に発展します。20世紀になっても世界で発生したほとんどの大災害や大事故に対応しながらロイズは成長し続けましたが、1987~1993年にかけて一兆円を超える支払い責任を負うことになり存亡の危機を迎えます。そこで出資者(メンバー)の無限責任を廃止、現在は法人を中心とした出資者を募り出資割合に応じて有限責任で支払う仕組みを取っています。
近年の日本は地震や異常気象に対しての不安が常にあります。個人の住宅や家財についての損害保険には、政府の再保険制度も設けられている地震保険があります。しかし近年、風水害については年々の被害増加により保険料が値上げ傾向となっています。特に異常気象による損害は世界中で増加し、再保険による地域的なリスク分散が困難になりつつあるという悩みを抱えています。ネットワーク社会でもリスクが増加していて、最近は不正アクセスによる被害を補償する、サイバー保険に注目が集まってきています。今後、様々な分野で新たなリスクが発生し、空飛ぶ車の保険や宇宙分野、AIに対応した保険も必要になってくるでしょう。
このように損害保険の分野は幅広く、再保険によって世界中のリスクが上手に分散され、損害保険という仕組みが成り立っていることをご理解頂けたのであれば幸いです。