「放射線の健康影響と防護─JCO事故・F1事故を経験して─」

「放射線の健康影響と防護─JCO事故・F1事故を経験して─」

    

4月14日卓話要旨

「放射線の健康影響と防護─JCO事故・F1事故を経験して─」

湘南鎌倉総合病院 湘南先端医学研究所 放射線医学研究部長  佐々木 康人 氏

(松本 正会員紹介)

 私は「核医学」を専門とする臨床医ですが、縁あって放射線防護・管理学、放射線影響科学の専門家と交流しました。日本で起こった2つの原子力・放射線事故にも関わった経験もご紹介しつつ、放射線防護管理の国際基準と考え方をお話しします。

 最初に少しだけ本業の放射線医学に関して話します。レントゲンのX線発見(1895年)で診断学が、ベクレルの放射能発見(1896年)とキュリー夫妻のラジウム発見・生成(1898年)で病気の治療が、ヘベシーによる放射性追跡子法の開発(1913年)で核医学が始まりました。1970年以降、放射線診断学の発展は目覚ましく、それと共にがんの放射線治療も進歩しました。

 しかし、X線発見の翌年にはX線やラジウムによる皮膚や内臓、血液障害が報告され、多くの医療従事者が被ばくの犠牲になりました。X線ビームから離れる、触れる時間を短くする、皮膚を防護する、という放射線防護の3原則が生まれました。その後、国際放射線防護委員会(ICRP)が設立され、放射線防護の理念と原則を勧告してきました。その勧告に基づいて、国際原子力機関(IAEA)がより具体的な安全基準(BSS)を作成し、それらを参考に各国の放射線防護管理規制が作られています。

 1999年に日本で初めて 臨界事故が起き、作業に従事していた3名が被ばく、緊急搬送されました。翌日、全員の症状はほとんど現れませんでしたが、ある一定の期間、無症状の潜伏期間があるのが、急性放射線症候群の特徴です。日を追うごとに症状が現れ、近距離で被ばくした方ほど症状が重く、腹部膨満感や、血液中の酸素濃度の低下などが起こり、次第に状況は悪化し、骨髄移植、皮膚移植など、医療チームは挑戦を続けましたが、下痢、下血、皮膚損傷からの大量の体液露出の末、多臓器不全で2名が亡くなりました。

 放射線はDNAを傷つけます。DNA損傷の修復機能が完全に働いていれば、細胞は正常なまま生存を続けますが、修復できずに沢山の細胞が死ぬと機能障害を起こします。確定的影響や組織反応と呼ばれる放射線障害です。急性放射線症候群もこれに該当しますが、「しきい線量」があり、それ以下の被ばくでは発症しません。一方、DNAの修復が不完全で突然変異を起こしたまま細胞が生き続けると、がんを促進する変異が起き、ある確率でがん化し増殖します。確率的影響と呼ばれる健康影響です。被ばくした集団としていない集団を長年にわたって観察をして、がんの発生率の違いとして見えてくるもので「しきい線量」はないと考えられています。臓器ごとに、がんになりやすさを加味したシーベルトという単位を考案し、放射線防護の中核的単位として位置付けています。

 2011年3月11日、東日本大震災で福島第一原発のF1事故が起こり、私も対応に関わりました。F1内で作業に従事した作業員の13ヶ月の被ばく線量を調査したところ、確定的影響は起こっていませんでしたが、発がんのリスクは残っているので、作業員の健康調査が現在も続けられています。地域住民の方々には「基本調査」で被ばく線量を調査しましたが、将来がんが増えることは予想されないレベルでした。しかし実際は、放射能汚染による健康影響への強い不安、急激な生活の変化、家族内の意見の相違、避難先での差別やスティグマ、政府と専門家への不信感など、住民は様々な苦痛と困難を経験しました。そのため、被災地で支援にあたった専門家は、平易な言葉を使った住民とのコミュニケーションの重要性を強調しています。

 最近の動向について。人工放射線の被ばくの中では医療によるものが一番多く、医療従事者のための放射線防護管理が強化され、線量低減意識が高まっています。がんの治療も進歩しています。再発転移に対しては化学療法、免疫治療を行っていましたが、最近では放射線治療が行われ治癒例も認められています。世界では核の脅威が高まり、ICRPは今年、核爆発時に身を守るための取るべき行動について助言を公開しました。まさかと思いましたがこれが現実です。

 本日お話したのは放射線健康影響には2種類あるということ。一つは高線量被ばくによる確定的影響とその怖さ、稀な事態に関心を持ち研究や緊急被ばく医療に献身する人材育成は重要ですが困難な挑戦です。 一方、低線量被ばくによる発がんのリスクについては、正しい知識と情報を持つこと、疫学研究と生物学研究の統合によるメカニズム解析への期待、そして、線量登録制度を確立してより高い精度で定量的に評価することも重要です。