「オリンピック運動について」

「オリンピック運動について」

   

4月21日卓話要旨

「オリンピック運動について」

元IOC副会長 猪谷 千春 氏

(大岩 紘会員紹介)

 私はアルペンスキーの元オリンピアンで、来月92歳になります。両親は日本スキー界のパイオニアであったことを受けて、私自身は幼いころからスキーをはかされ、あらゆる特訓を受け、1956年コルチナオリンピックで2位に入賞、メダルを獲得しました。選手時代に多く学んだ事のひとつは、ライバルと同じことをしていたら、相手に追いつくことどころか追い越すことは殆どできないということで、これはビジネスにも通用します。もうひとつは過去の経験やデータに左右されないゼロベース思考です。これは新しいものを生み出す、一番効果的な方法です。

アメリカの大学に在学中、勉学に厳しい大学でしたので時間がなかった私は、寄宿舎で勉強中にトレーニングをすることを思いつきました。教科書をフロアに置き、その上で100回以上の腕立て伏せをしながら読書し、また、空気椅子で教科書を読み勉強しました。おかげで、大学は4年で卒業、大学3年生の時に銀メダルを獲得しました。この時のゼロベース思考は、その後社会に出てからも実践し成果を出しました。そして、最後に常に楽しいことを考えながら前向きに生きていくことです。

 次にオリンピックについてお話します。1894年に誕生した近代オリンピックは、今年で139年になります。初の大会は1896年に開催、1920年までは夏季のみでしたが、1924年から冬季五輪も開催され、来年100周年を迎えます。毎回年毎に開催された五輪大会は、1994年から、夏季、冬季と2年ごとの開催に変更し、1974年にはアマチュアだけでなくプロ選手の参加も可能としました。 

 私は、1982年、日本で11代目のIOC委員に選出され、2012年、80歳で定年、退任しました。IOC委員がどのように選出されるかは、あまり一般には知られていないのですが、オリンピック憲章によって委員数は、上限115名と定められています。内訳は、70名の無所属の委員と206の国や地域のオリンピック委員会、役員選出された国際競技スポーツ連盟、そして選手の中から各々15名ずつ選ばれます。IOC委員は自国の代表でなく、自国でオリンピック運動推進のための活動をします。大陸別では、アフリカ大陸の16カ国から19名、アメリカ大陸14カ国から19名、アジア21カ国から23名、ヨーロッパ27カ国から48名、オセアニア2カ国から4名という構成です。

 次に近代オリンピックについて懸念している事を少しお話しします。まず競技スポーツの中には、アクロバティック要素が重要視され興業イベントのようになっていることが気になります。選手の身体、技術、用具、施設などが良くなり、昔と比べると趣の変わったスポーツの姿も見受けられます。先ず選手たちを怪我から守ることを考える必要があり、選手たちを曲芸師として見世物扱いすることに違和感を感じています。

 ドーピング問題は、厳重な検査により使用する選手数こそ減りましたが、アスリートの間では今もなお横行しています。ドーピングは人体に悪影響を及ぼすだけでなく、薬価が高額なため、国や地域による不利が選手たちの間に生じ、そのためフェアであるはずのスポーツに影響が出てしまいます。次々に新薬が出回る中、新しい検査技術や機器が必要となり、取り締まりは後手に回っているのが現状です。

もうひとつはスポーツの商業主義化です。1980年初期のIOCは破産寸前、そんな中で迎えた1984年のロサンゼルス五輪開催においては、州政府は1ドルの税金も使用してはならないとの通達を組織委員会とIOCに送りました。しかし、国際オリンピック委員会は、打開策としてオリンピックのシンボルマークの使用権をスポンサーに提供したことで、莫大な収入を得られようになり、財政を立て直し、ロスの大会も成功裡に開催することが出来ました。IOCはその収入の内90%をスポーツに還元し、発展に寄与しています。今や大会の開催には膨大な資金が必要となり、スポーツ界は商業主義を取り入れ必要資金を捻出する以外に方法はなくなってしまっています。

 最後に気候変動とスポーツに対する懸念についてです。昨年の冬季北京オリンピックでは雪が降らず、人工雪が主体となりました。温暖化が進むにつれて、積雪量不足により、2050年には10都市、2080年には8都市でしか冬季五輪は開催できないという研究結果が出ています。

今後、冬のスポーツだけでなく、地球は様々な危機に直面するであろうことは言うまでもありません。 要注意です!